駒沢 風の診療所開設にあたって
皆様の中には「千の風」という詩をご存知の方も多いことと思います。
この詩は、平成18年のNHK紅白歌合戦の中で歌われた曲の詩の一つです。私はかつて父母と暮らしていたころ、毎年のように大晦日になると紅白歌合戦をとても楽しみにしていました。母親は正月の準備に忙しく、大晦日でも、遅くまで台所で働いていました。紅白歌合戦が始まると、大きな声で、台所にいる母親に「紅白が始まったよ、早く来て。」と声をかけたものです。
最近は、知らない曲が増えたこともあって、私にとって、紅白歌合戦は昔のように特別なものではなくなってしまいました。しかし、昨年の紅白歌合戦で心の洗われるようなすばらしい曲が歌われていました。この曲が「千の風」でした。
私のお墓の前で泣かないでください。
私はそこにいません。
眠ってなんかいません。
千の風になって、
あの、大きな空を吹き渡っています。
秋には光になって畑に降り注ぐ
冬はダイアのようにきらめく雪になる
朝は鳥になってあなたを目覚めさせる
夜は星になってあなたを見守る
私のお墓の前で泣かないでください。
私はそこにいません。
死んでなんかいません。
千の風になって、
あの、大きな空を吹き渡っています。
「千の風」には原詩があって欧州で古くから語り継がれてきた作者不詳の詩とのことです。この詩を日本語に翻訳し、すばらしい曲がつけられました。欧州でも、そして、日本でも、この詩は、人間は死んだ後も、この世からただ消えてしまうのではなく、多くの人々の心の中で生き続けているのだ、力強く生き続けているのだと訴えています。残された人のそばに私はいつもいるのだから、亡くなったことをただ悲しまないで、強く生きていって欲しい、と訴えています。大切な人を失い、深い喪失感の中で悲しんでいた様々な人々が、この詩に出会うことにより、生きる勇気が与えられてきました。
この詩は、また、生きている私たちにも勇気を与えてくれます。私たちの人生は決して無駄なものではないのだ、私たちが死んだ後も、残された人々の心の中に一つの存在として残ることができるのだ、と語ってくれています。しかしこのことは、同時に、私たちに厳しい問いかけをしてもいます。人が死んだ後、千の風になれるかどうかはその人の人生の生き様そのものだからです。
振り返って自分自身を見つめてみると、私はとても「千の風」になることはできません。せめて「一つの風」になりたい。一つの風となれるように生きたい、というのが私の希望です。このたび開設した診療所の名前を「駒沢・風の診療所(clinic of a wind, Komazawa)」としたのは、こうした願いをこめたものです。
原詩
A thousand winds
(Author Unknown)
Do not stand at my grave and weep.
I am not there. I do not sleep.
I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn rain..
When you awaken in the morning’s hush,
I am the swift uplifting rush of
quiet birds in circled fight.
I am the soft stars that shine at night.
Do not stand at my grave and cry.
I am not there. I did not die.
患者様に優しい全人的医療の実践を目指して
私は昭和47年慶應義塾大学を卒業し、4年間の内科一般研修の後、膠原病リウマチ性疾患を専門分野として選び、臨床・教育・研究に従事してまいりました。
膠原病の代表的な疾患は関節リウマチですがほかにもさまざまな疾患が含まれています。膠原病に含まれる疾患はいずれも比較的珍しい疾患です。このため膠原病というと、内科の中でも特殊な分野と考えられがちです。しかし私は、膠原病の臨床は、実は最も内科らしい分野であると考えています。
膠原病は全身性疾患で、様々な臓器が障害されます。この中には循環器、消化器、呼吸器、神経など内科のあらゆる分野の領域の病変が含まれます。さらに、皮膚科、眼科、整形外科など内科の枠を超えた臓器の病変も起こってきます。したがって、膠原病リウマチの患者様の診療にあたっては、循環器、消化器などの特定の臓器だけに注意すればよいわけではありません。患者様全体を常に念頭において診察しなければなりません。このためには、膠原病リウマチ性疾患に対する専門的な知識が必要であることはもちろんですが、ほかの内科の分野の知識も理解しておかなければなりません。さらに、整形外科・皮膚科・眼科・耳鼻科など内科の領域を超えた症状に対しても適切に対応できなければなりません。私たちは特定の分野の病気について深く専門性を深めるだけではなく、全身性疾患として内科全般、あるいは内科の枠を超えて対応できる知識と能力を要求されてきました。
さらに、リウマチ膠原病の多くは長く続く疾患であり、疼痛など患者様にとってきわめて重大な苦痛や障害をきたす疾患です。患者様の多くが長期に亘る治療を要し、しかも、様々な困難を抱えています。このため、精神的な問題や社会的な問題にも配慮しなければなりません。膠原病の医療はまさに全人的医療の実践の場です。こうした診かたは、実は膠原病に限るものではなく、あらゆる疾患に共通して必要なものであると考えます。
このたび、私は膠原病専門医であるとともに、一般内科医としても診療することといたしました。医療の治療の目標は患者様のQOL(quality of life:生活の質)の改善にあります。
「患者様に優しい全人的医療の実践」、これが当院開設の基本的なコンセプトです。
院長 齊藤 栄造
院長 略歴
齊藤 榮造 医師
私は昭和47年(1972年)慶應義塾大学を卒業し、4年間の内科一般研修の後、膠原病リウマチ性疾患を専門分野として選び、臨床・教育・研究に従事してまいりました。
膠原病リウマチ性疾患というと内科の中でも特殊な分野と考えられがちですが、実は最も内科らしい分野であると考えています。
膠原病は全身性疾患なので、循環器、消化器、呼吸器、神経などの内科のあらゆる分野の領域の病変が含まれます。さらに、皮膚科、眼科、整形外科などの内科の枠を超えた臓器の病変も起こってきます。
したがって、膠原病リウマチの患者様の診療にあたっては、特定の臓器だけに注意すればよいわけではありません。患者様全体を常に念頭において診察しなければなりません。私たちは特定の分野の病気について深く専門性を深めるだけではなく、全身性疾患として内科全般、あるいは内科の枠を超えて対応できる知識と能力を要求されてきました。
さらに、リウマチ膠原病の多くの疾患は長く続く疾患であり、痛風や機能障害など患者様にとってきわめて重大な苦痛や障害を疾患きたします。このため、精神的、社会的な問題への配慮も必要です。膠原病の医療はまさに全人的医療の実践の場です。こうした診かたは、膠原病に限るものではなく、あらゆる疾患に共通して必要なものです。
私は、医療の目標は患者様のQOL(quality of life)の改善にあるとの考えから、膠原病専門医であるとともに、一般内科医としても診療することといたしました。
略歴
昭和 47年 3月 | 慶應義塾大学医学部卒 |
昭和 47年 5月 | 慶應義塾大学医学部研修医(内科) |
昭和 49年 5月 | 国立東京第二病院内科出張 |
昭和 51年 5月 | 慶應義塾大学医学部研修医(内科) |
昭和 54年 9月 | 米国ユタ州立大学内科学教室(Research Fellow)留学 |
昭和 56年 8月 | 東邦大学第四内科学教室講師 |
平成 3年 4月 | 東邦大学第四内科学教室助教授 |
平成 7年 9月 | 東邦大学第四内科教授 |
平成 15年 10月 | 東邦大学大橋膠原病リウマチ科 教授 東邦大学医療センター大橋病院リウマチ膠原病痛風センター センター長 |
平成 19年 12月 | 駒沢 風の診療所 開所 |
経歴
日本内科学会(認定医、専門医資格試験委員)
日本リウマチ学会(評議員、指導医、専門医)
日本内分泌学会(評議員、専門医:内科)
所属学会
日本内科学会(認定医、専門医資格試験委員)
日本リウマチ学会(評議員、指導医、専門医)
日本内分泌学会(評議員、専門医:内科)